2007年09月29日
教科書検定意見撤回を求める県民大会
教科書検定により,住民の集団自決に対する軍の関与に対する抗議集会が宜野湾市であり,それに参加をしてきました。主催者の発表では12万人以上が参加したありました。
私は沖縄国際大学に1時半に車を停めて,シャトルバスに乗車し会場に向かいましたが,会場に着いたのは3時過ぎ,しかし,バスから見た途中の道々には会場に向かう多くの人々の姿がありました。
会場に入っても,人が溢れていた。
職場関係の人がいるはずであろうという場所に近づくも合流できたのは大会が終わってからでした。
12万人の人々が集まると動くこともままならないものです。
ちょど私が場所を見つけて落ち着いた頃に県知事の挨拶がありました。
その後,沖縄県教育委員会委員長の挨拶,沖縄県市長会会長挨拶,高校生代表挨拶,戦争体験者挨拶,沖縄県婦人連合会会長挨拶などが続きました。
正直に言えば,県知事と教育委員会委員長の挨拶はよく憶えていません。
印象に残ったのは高校生代表挨拶くらいからでした。
男女1組で語ってた彼らの言葉,今回の削除に対する疑問と想いをストレートに語っており,耳を引きつけられた。
特に,日本史の教師を目指している彼女が「将来嘘の歴史を教えたくない。」という言葉は印象的だった。
その後に戦争体験者として座間味村の教育委員会の委員長だったかな?
その辺はちょっと忘れてしまっていたが,教育委員会という行政に関わっていただけに,話し方も行政の挨拶的になってしまって,その前の高校生の言葉がストレートだっただけに,言葉として訴える力は弱かった印象がある。
しかし,よく話を聞いてみると,この方はこれまでは教育者として集団自決に対しては平和教育の一環として当たり障りのない接し方を続け,自分が生き残りだと言うことを黙っていたが,今回の教科書検定のあり方には我慢ができないと語っていた。
彼はどうして語らなかったのか。
教育者という立場を考慮して語らなかったのか。
そうではない。
体験者にとって,戦争を語るというのは相当に辛いことなのだ。
俺の母親も自分の戦争体験を語るのは,その時の恐怖が思い起こされるので語りたくないと言っていた。
その母は当時4歳ぐらいであった。
しかし,今回語ってくれた方は8歳の頃の経験だったという。
自分の親が父親が死んでいる事を語るなど,それはもの凄い苦痛だったと思う。
今思えば,あのような感情を殺したような話し方は,想起される恐怖と苦痛と闘いながらのだったからなのだと思う。
戦争を語るというのは,近年よく言われるPTSDそのものなのである。
この言葉も元々は,ベトナムの帰還兵でよく見られた症状から研究が進んできた言葉なのであり,その原点は戦争そのものなのである。
帰還兵の多くも同じであろう。
軍隊の訓練を共にした戦友達との想い出は語ることはあっても,戦闘そのもの,戦場の場面などを語るのはほとんどできない。
それが戦争というものなのである。
今回の検定問題でそれまで黙して語らなかった人々が口を開いてきた。
苦しい体験を語る苦痛は大きなものだと思うが,できるだけ多くの人々が言葉を残してもらいたいと思う。
今回の大会挨拶の中で印象に残った言葉が「事実を解釈でまげるな。」である。
文書がない,明確に語ったものではないなどと言いがかりをつけて,軍命が無かったと言いたいのだろうが,軍の関与を無くしてどうして住民が手榴弾を持つことができたのであろう。
紙切れはなくとも,命令は口頭によってできるのである。
平和な現代とはちがう。
まさに,歴史を政府の都合の良い方向に変えようとする過程を現在見ているのである。
日本書紀も現在の日本の正史として扱われているが,日本書紀が征服者の都合に沿った歴史所であることは既知の事実である。
それが,現在まさに行われようとしているのである。
自らの汚点を闇に葬りさり,都合のよい事だけを歴史に残す。
その積み重ねがあの戦争だったのではないか。
あるブログで「沖縄戦=戦争もおかしいし,その既述が教科書の中で1ページしかない方が検定問題よりも問題が大きいのではないか。」という事を書いていたが,ここで立ち上がらなければ1ページではなく10行,1行,最後には一言になっていく可能性が強い。
その証拠に現在の歴史で,韓国併合の事がどれくらい語られている?
それを知らなければ,サッカーで韓国が日本戦になるとなぜあれだけ熱くなるのか理解できないが,しらなければ単なる隣国同士の伝統の一戦としかとらえることができないだろう。
韓国にとっては国を支配された大きな歴史事項だからきちんと教えているだろうが,日本にとっては他国を侵略した汚点でしかない。
それをきちんと教えることができないから,いつまでも中国や韓国,アジア諸国に対して不信感がもたれられるんだよ。
そういった事をきちんと行った上であれば,もしかしたら靖国問題だってなかったのかもしれない。
さて,婦人会の代表の方が投げかけていた大きな疑問。
それが軍隊の真実を表せていると思う。
「多くの住民が集団自決などで犠牲になったのに,何故守備隊の隊長を筆頭に生き残っているのですか。」
それは,現在訴訟を起こしている元将校にも聞きたい。
なぜ,多くの住民の方が亡くなっているのに,お前らは生き残って名誉の回復みたいな事をしているのかと。
これが軍隊の真実なのである。
苦しくなれば軍は住民を切り捨てる。
それが戦争と軍の正体というものである。
現に,イラクを見たらわかるだろ。
いつかテレビやっていた「サトウキビ畑」で最後で明石屋さんまが打たれるシーンこそが軍隊の真実なのである。
「軍は住民を守らない。」
そして,戦中戦後と沖縄が学んだことは「政府,国は国民をだます。」「国を盲進するな。」だ。
今回の県民大会でそれを改めて思い出した。
挨拶の最中にふと空を見上げると,うっすらと虹が出ていた。
まるでこの県民大会を励ましているかのようだった。

その後,沖縄県教育委員会委員長の挨拶,沖縄県市長会会長挨拶,高校生代表挨拶,戦争体験者挨拶,沖縄県婦人連合会会長挨拶などが続きました。

正直に言えば,県知事と教育委員会委員長の挨拶はよく憶えていません。
印象に残ったのは高校生代表挨拶くらいからでした。
男女1組で語ってた彼らの言葉,今回の削除に対する疑問と想いをストレートに語っており,耳を引きつけられた。
特に,日本史の教師を目指している彼女が「将来嘘の歴史を教えたくない。」という言葉は印象的だった。
その後に戦争体験者として座間味村の教育委員会の委員長だったかな?
その辺はちょっと忘れてしまっていたが,教育委員会という行政に関わっていただけに,話し方も行政の挨拶的になってしまって,その前の高校生の言葉がストレートだっただけに,言葉として訴える力は弱かった印象がある。
しかし,よく話を聞いてみると,この方はこれまでは教育者として集団自決に対しては平和教育の一環として当たり障りのない接し方を続け,自分が生き残りだと言うことを黙っていたが,今回の教科書検定のあり方には我慢ができないと語っていた。
彼はどうして語らなかったのか。
教育者という立場を考慮して語らなかったのか。
そうではない。
体験者にとって,戦争を語るというのは相当に辛いことなのだ。
俺の母親も自分の戦争体験を語るのは,その時の恐怖が思い起こされるので語りたくないと言っていた。
その母は当時4歳ぐらいであった。
しかし,今回語ってくれた方は8歳の頃の経験だったという。
自分の親が父親が死んでいる事を語るなど,それはもの凄い苦痛だったと思う。
今思えば,あのような感情を殺したような話し方は,想起される恐怖と苦痛と闘いながらのだったからなのだと思う。
戦争を語るというのは,近年よく言われるPTSDそのものなのである。
この言葉も元々は,ベトナムの帰還兵でよく見られた症状から研究が進んできた言葉なのであり,その原点は戦争そのものなのである。
帰還兵の多くも同じであろう。
軍隊の訓練を共にした戦友達との想い出は語ることはあっても,戦闘そのもの,戦場の場面などを語るのはほとんどできない。
それが戦争というものなのである。
今回の検定問題でそれまで黙して語らなかった人々が口を開いてきた。苦しい体験を語る苦痛は大きなものだと思うが,できるだけ多くの人々が言葉を残してもらいたいと思う。
今回の大会挨拶の中で印象に残った言葉が「事実を解釈でまげるな。」である。
文書がない,明確に語ったものではないなどと言いがかりをつけて,軍命が無かったと言いたいのだろうが,軍の関与を無くしてどうして住民が手榴弾を持つことができたのであろう。
紙切れはなくとも,命令は口頭によってできるのである。
平和な現代とはちがう。
まさに,歴史を政府の都合の良い方向に変えようとする過程を現在見ているのである。
日本書紀も現在の日本の正史として扱われているが,日本書紀が征服者の都合に沿った歴史所であることは既知の事実である。
それが,現在まさに行われようとしているのである。
自らの汚点を闇に葬りさり,都合のよい事だけを歴史に残す。
その積み重ねがあの戦争だったのではないか。
あるブログで「沖縄戦=戦争もおかしいし,その既述が教科書の中で1ページしかない方が検定問題よりも問題が大きいのではないか。」という事を書いていたが,ここで立ち上がらなければ1ページではなく10行,1行,最後には一言になっていく可能性が強い。
その証拠に現在の歴史で,韓国併合の事がどれくらい語られている?
それを知らなければ,サッカーで韓国が日本戦になるとなぜあれだけ熱くなるのか理解できないが,しらなければ単なる隣国同士の伝統の一戦としかとらえることができないだろう。
韓国にとっては国を支配された大きな歴史事項だからきちんと教えているだろうが,日本にとっては他国を侵略した汚点でしかない。
それをきちんと教えることができないから,いつまでも中国や韓国,アジア諸国に対して不信感がもたれられるんだよ。
そういった事をきちんと行った上であれば,もしかしたら靖国問題だってなかったのかもしれない。
さて,婦人会の代表の方が投げかけていた大きな疑問。
それが軍隊の真実を表せていると思う。
「多くの住民が集団自決などで犠牲になったのに,何故守備隊の隊長を筆頭に生き残っているのですか。」
それは,現在訴訟を起こしている元将校にも聞きたい。
なぜ,多くの住民の方が亡くなっているのに,お前らは生き残って名誉の回復みたいな事をしているのかと。
これが軍隊の真実なのである。
苦しくなれば軍は住民を切り捨てる。
それが戦争と軍の正体というものである。
現に,イラクを見たらわかるだろ。
いつかテレビやっていた「サトウキビ畑」で最後で明石屋さんまが打たれるシーンこそが軍隊の真実なのである。
「軍は住民を守らない。」
そして,戦中戦後と沖縄が学んだことは「政府,国は国民をだます。」「国を盲進するな。」だ。
今回の県民大会でそれを改めて思い出した。
挨拶の最中にふと空を見上げると,うっすらと虹が出ていた。
まるでこの県民大会を励ましているかのようだった。

この記事へのトラックバックURL
http://nekoaza2007.ti-da.net/t1764322


日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!


