FC琉球の未来を考えるシンポジウム part1

ねこあざ

2009年12月10日 09:00

会場では2人座りのテーブルが18席,後に後ろに椅子がおおよそ20席と50人強くらいの人が来ていました。
サポーター仲間がその半分,それ以外にも試合場で見た方やマスコミ関係の方も見えられていました。
シンポジウムは19時に始まり,前に設置された机に一人座った榊原信行氏が,自分が関わってきた2007年からの流れと現状についての説明がありました。

これから,チームの現状について語ってくれたものを記しますが,最初の40分くらいはメモも録音もせずにいたので
記憶を頼りにかいているので,おおざっぱになってしまっています。
どこまでが記憶で書いたのか,どこから書き起こしたのかを明確にするので
先日会場にいた方で,補足等があればコメントをいただければと思います。

それとかなりの長文になっているうえに,途中で疲れなどで誤字脱字が多々あるのは間違いないし
入り方もの唐突ですが,その辺はよろしくお願いします。
2007年からFC琉球に関わるようになった。
個人的には何度も沖縄へダイビングにきており,愛着などもあって,野口代表の熱意に触れFC琉球の経営に関わることになった。
その時点でFC琉球を運営するスポーツキングダムは赤字になっていたので,それを助けるためにお金を貸し付けを行った。
2008年シーズンからは本格的に経営に関わることになり,その時点では沖縄の現状やFC琉球の状態を把握できていなかったという面もあったが,とりあえず中田やトルシエなどを呼ぶことによって,経営的な面(広告収入のアップ)やチームの強化に繋がるのではないかと考えアクションを起こすことにしオファーを出した。その中で当時オーストラリア代表監督の話もあったトルシエが興味を示してくれたことについては驚いた。
トルシエは沖縄の歴史的,地理的な環境に非常な興味を示してくれた。

私自身,沖縄のポテンシャルは大きなものがあると考えている。
例えば,沖縄を中心に半径2000km内には13億人もの人口がある。日本の最南端の県,もっとも東のアジアという発想ではなく,沖縄を中心に考えた場合これだけの人口が飛行機で数時間の距離に住んでいるというのは,大きなポテンシャルと見ることができる。
白黒の資料にもありますが,2007年~2020年の経済予想では,沖縄県は東京を抜いて全国1位の経済成長率を示すだろうという予測がある。また,実行の成長率でも全国1位である。そのため年少人口の割合も滋賀を抑えて1位となっている。これに関連してですが,JFAに選手登録している割合が全国7位です。1位はダントツで静岡になりますが,そこまでとはいかなくても沖縄のサッカー人口は決して少ないものではない。
また,横浜などと比較した場合,政令都市などは100km圏内でどれくらいの人口がいるのかを考えた場合,沖縄は那覇市を中心に約40km圏内に80万人の人々がおり,これは横浜などと比較しても遜色のないものであって,沖縄の大きなポテンシャルを示すものだと考えている。
トルシエに対してオファーをしたが,当時の私たちはFC琉球の現状,沖縄の実情を詳しく知っているというわけではなかったので,最終的な判断は野口代表にまかせており,最終的にトルシエを呼ぶと判断したのは野口代表であった。
それで動き出したのですが,決定した時期も遅かったが,今考えると身の丈にあったものではなかったなと思うが,当時の我々にはそれをしらず,2008年はトルシエ総監督,ラビエ監督の体制で行くことになった。
この時点でJリーグ対応のスタジアムが3年以内でできると聞いていたので,1年目はプロのチームを作っていくということに主眼を起き,トルシエが練習やチームのあり方に関わることになったが,実際に来てみると説明以上の状況であり,スポーツキングダムはトルシエの要求に対して応じることができるような体制になかった。
また,トルシエ自身,ヨーロッパの選手と日本の選手の違いについて「日本の選手は足が疲れたというが,ヨーロッパの選手は頭が疲れたという」と語り,それに基づいてフィジカルよりも戦術を中心にしたサッカーを目指して2008年シーズンを迎えた。さらに,トルシエとラビエの体制で最終的な責任や判断が明確になったいなかったために,チームを機能させることができず,あのような結果となった。
この時点でスポーツキングダムは,トルシエ効果による広告費などの歳入面が期待したほどなく,それに対して支出が大きく上●ことになり,金銭面で大きく債務超過となっていた。
そのため,2009年シーズンについてダウンサイジングを行い,身の丈のあった経営計画をたてるように野口代表や平畠専務に対して要求を行っていた。また,トルシエに対しても,本人はトップチームに関わりたい気持ちはあるが,今の状況ではそれよりも周辺の整備に尽力をして欲しいということを要望し,新里監督に対しては常にアドバイスを行うなどバックアップにまわることをトルシエは了承してくれた。

迎えた2009年シーズンであるが,ダウンサイジングを行い身の丈にあった運営を行うように努力はしていたが実際にはうまくいっていなかった。

*******ここまでが記憶によるものです。***********

そして,今年の4月末の株主総会で野口代表に出て行ってもらいたいと要求された。
それまでの関わりの中で,FC琉球や沖縄に対して愛着があったが,彼がそう望むのなら撤退するのもかまわない。
さらに,FC琉球に関われないのなら,出資したお金,貸したお金,立て替えたお金など一部なりとも納得できるように戻していただきたいと提案した。
それとトルシエの契約や,間に入った金子達仁さんとの関係をしっかりしてもらいたいと希望をだした。
その時点で給料の支払い,内地への遠征費などは野口代表にしてもらいたいと言っていたが,行われず6月以降は我々の別会社で支払ってシーズン終了まで走ってきた。経営権を持つ会社ではないので,経営的な処理について問題がのこっている。
いずれにしてもこのままでは立ちゆかない状況になっていた。

6,7月では出て行ってくれの一点張りで交渉が進まなかった。
その中でFC琉球の役員や株主だけでなく,もっと多くの人に入ってもらって意見を聞くべきだと要望したが,それは実現されずに8月に,それでも役員と株主だけでなくトップチームの強化のトップやそれまでFC琉球を支えてもらってきた人にも入ってもらい意見交換を行いましたが,その時には野口代表から「僕は辞めたい」と辞表を出され,全員が驚いた。
それでも最後には,自分にさせて欲しいと言ってもらえると期待していたので,さらなるショックを受けた。
今,思うには個人的には攻めるつもりはないが,30歳そこそこの若さで銀行の借り入れなど,個人保障するなどFC琉球を支えるために身を粉にしてきたが,それも限界を超えてしまい,私たちの融資ということもできず,残った役員に託し自分が身を引くことで何か新しい受け皿を作ってもらえる,その時点ではそれしか選びようがなかったのかと思っている。

ただ,会社法の関係で1人制の代表の場合,代表が辞意を表しても次に誰を代表にするか決めなくては辞められない状況でそのまま保留となった形できている。スポーツキングダムという会社は現在も存在しており,事業も動いているが代表が全てを放棄する中で,役員が今後どうするのかということを模索するという状況が,8,9月の時点で起きていた。
もともとFC琉球に関われているPMエージェンシーの比嘉社長,儀間取締役とか弁護士の宮崎先生とか多くの株主の方とも協議して,FC琉球をみんなでJFLにあげてきた,JFLの状況の中でFC琉球が沖縄にあるということは奇跡に近いと言うことを言われるくらいである。もし,FC琉球がなくなればかりゆしや第三のチームが地域リーグを勝ち上がってこれるのかと考えた場合,それは長い道のりだし,スタジアムを作りあげていく機運をあげていく中で,JFLにいることを死守しないといけない。そうしなければ沖縄のスポーツ界,あるいは経済界においても大きな財産を失うことになりかねない。
そのために,その受け皿となるスポーツキングダムの再生について,多くの人たちの話を聞いてきた結果,リーグの指導もあったので,スポーツキングダムに増資を行い新たな代表をたてるのではなく,筆頭株主である沖縄ドリームファクトリー(野口の意見もあって作られた。事実上は名前だけの会社)をアクティブに活用して,ここが中心となって新組織を作り出してはどうかという意見に集約されていった。
9月から新組機を作る中で,なぜスポーツキングダムではダメだったかというと,過去の経営状態が不明確であり,未払いがどれだけあるかもわからず,どのような経営を行ってきたかもわからないという不安といったん信頼を失った企業を再生させる難しさ,そこに代表を代えただけで出資を行ってくれるところがあるのかと考えると,JFLさえ認めてくれれば一からでなくゼロから始めた方が,新組織でスタートした方がいいのではないかとリーグの中とも相談をして了解を得ることができました。
正式な了解は12月9日の評議会で,そこで了解をもらうことになる。
いずれにしろ,新組織としてスポーツキングダムの営業権を全部譲り受ける形をとり,いろんな未払いの問題についても11月の30日の時点でほとんどのものはスポーツキングダムにドリームファクトリーから増資を行う形でお金をいれて支払いをおこなった,長いものでは2年も未払いのものがあったのですが,8,9割支払いをもらった。一部株主で未払いのものがあったり,分割で支払いを行っていくというものがあり,その最初が12月末にあるが全てのところと話を行うことができ,了承を得ることができました。
それをもって,JFLもドリームファクトリーを中心に新たな受け皿を作ってくれればかまわないということを,今日も約束をもらうことができました。
最終的には2月の評議会までに,来年を安定的に闘えるように増資を行い,役員を正式に決めてもう一度評議会に提出しなければならないという手続きがあります。
ということで,ここからスポーツキングダムに代わってドリームファクトリーがFC琉球に関する営業,運営そして新たな組織作りのために私が代表としておこなっていくことなります。
残り2ヶ月で安定した資本にするために,現在5000万円の資本がありますが,これを2億にしたいと思う。
最終的なスポーツキングダムと私たちの会社の間に問題として数億に上る未払いの問題がありますが,それはおいておいても銀行の借り入れなど引き継がないといけない問題があるので,安定的な経営を行うために出資をあつめていきたい。
役員構成も大きく変更して,もっと開かれた構成で県内の方も入るようにお願いに上がりたいと思います。
以上が現状の説明となります。

9日の評議会にむけて忌憚のない意見を言ってもらいたい。
今日のシンポジウムでは,もう1回みんなでチームを作る,僕らが作るのではなく,
サッカーチームを提供するとか,放送で楽しんでもらうというのではなく,みんなで力をあわせてこれが俺たちのチームだと
県民になんの疑いをなくもってもらえるようなチームをどうやって作れるのかということを考えたい。

「FC琉球の未来を考えるシンポジウム」という資料の説明にはいる。


<それぞれの画像をクリックしてください。この辺は読み上げが中心だったので敢えてかいていない。>

はじめに


7つの誓い


スローガン・キーワード


クラブ・地域とのリレーション


5つの運営指針
いつJリーグに行っても遜色ないチームに仕上げるための3年で熟成していきたい。
同時に,地域にもっと密着した活動,とけ込んでいくような活動を行っていきたい。

①トップチームの徹底的な強化
2007年失点83,2008年が失点58点,得点39,今年も55,44と数字は若干改善しているが,順位は情けないものである。具体的な目標として3年後までに達成する目標として勝ち点60,得点60,失点35を目指す。
そのために何をするのか,補強もするが今シーズンのここをのばしたら来季闘っているのではという可能性がみえたので,その部分は,選手に残ってもらえるように交渉を行っている。その部分は残ってもらい,現在の諸問題などのチーム状況を理解してもらって,もっとハングリーに強い思いをもってチームの中で闘える選手をさらに獲得したい。
監督,コーチの人事については年内に発表できるようにしたいが,基本的には2009年を良かった部分をのばしていく形の強化を考えている。

2県民一体型クラブへの移行&下部組織の新体制構築
下部組織をどうしていくかをきちんと決めていく,この点については意見を伺いたい,。
指導者も増やすし,指導する環境も増やす,ユース,Jrユース,アカデミーをやめてジュニアをもうけて,一貫した指導体制にできるように体制を整えていきたい。トップチームまで一貫したピラミッド型の体制を作っていきたい。

4 メディアプランディング
沖縄にいるとなかなか感じられないが,JFLにいるチームを大きく取り上げてくれる環境は類い希である。他の地域では間違ってもJFLの試合が地上波で生放送されるということはあり得ない。J1,ヴィッセルでさえ生放送はないくらいであり,恵まれた環境である。
タイムスにも新報にも大きく取り上げてもらっている。これは諸刃の剣でまたFC琉球がまた負けたということを大きく報道することになるが,マスコミの方にはこれまで以上に県民にアピールをしてもらって,共に支える立場になってもらえれば。
またまた,ニコニコ動画で試合が中継されているのもまれであり,これらをプランディングを活用していきたい。
例えば,沖縄に観光に来たときにFc琉球のグッズを興味をもらったり,観光産業との連携など,沖縄の大きな観光資源になれればなと,例えばぐしけんをモチーフにしたキャラクターであり,トルシエでありFC琉球のユニフォームなどを興味を持って帰れるようになればいいと思う。

5 
県内でも色々と動きがでてきている,スタジアム建設実現に向けてあらゆる活動に乗り出したい。
中城村のスタジアム建設の調査費が否決されたときには,凄くがっかりはしたけど
沖縄県だけが持ち合わせていない,Jリーグ企画のスタジアムを
市民球団としてここまで勝ち上がっている実績があるから,県内で実績のある企業や行政とかが救っていただく,あるいは支えていたけないと,他の行政の支援を受けているチームと闘っていくのは厳しいと思うし,例えば5年後でもスタジアムができるという確約が取れれば,2年後にJ2にあげる成績をあげれば,スタジアムができるまでの期間は暫定のスタジアムで試合をできる。FC琉球の場合,来年は無理でも2011年準加盟申請を行い成績をのこせばスタジアムが完成するまで県総で試合を行うことができる。
具体的にスタジアムができるという確約がとれれば,色々な選択肢をもつことができる。
22チームまでJ2のチームを増やすといっているので,そこに滑り込みたい。
J2にあがるのがゴールではなく,J2にあがっても困らない環境作り,チーム作りをJFLの時に,今から3年間をかけてもサポーターの皆さんとチーム作りをしっかりして,経済的にもしっかり支えてくれるだけのパイプ作りをきちんと行っていきたい。
県民137万にの人にどれだけ広く支えてもらえる,県民のためにチームになれるか。
沖縄県民の人は,県民のために闘ってもらえるチームになれば3年でも5年でも10年でも応援してくれる力があると思う。
大分の例のように企業のスポンサードは永久に続くものではない。
地域の中で,地域の人が支えてくれる地域のチームになっていかないと続かない。
大きな企業のスポンサーに頼るのは辞めるべきだと思う,もちろんスポンサー作りは行っていくが,企業からのスポンサーを受けている間に,地域で支えてもらえるチームになり,J2のチームと互角に戦えるチームを作るのが目標である。

OkiinawaData


サッカーを支える沖縄県データ

沖縄のポテンシャルについて
那覇近郊40km以内に80万人の人がおり,那覇近郊には横浜と同じくらいの人口密度がある。
全国でも他の政令都市と比しても決してひけをとるものではない,民度がある数字だと思う。

全国7位のJFA選手登録者の割合
137万人に対して0.97%くらいの割合で選手登録が行われている。
静岡が全国が一位である,沖縄では野球が一番であるが,全国で7位でサッカーをやっている人がいる。

地域を代表をするクラブとした場合に,ナショナリズムが必要であるが,沖縄は全国でナンバー1である。
これは世界に出ても負けないようなサポーターになるだけのポテンシャルがある。
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